コラム

ブルームバーグPIP解雇事件

係属機関・判決日

  • 東京地方裁判所
  • 平成24年10月5日

事件内容

経済・金融情報をメインとする米通信社ブルームバーグ東京支局の元記者の男性(原告)が、「能力不足」を理由に解雇されたのは不当だとして、同社に地位確認及び解雇後の平成22年9月以降の賃金(毎月675,000円)の支払いを求めた訴訟。

事件の背景

  • 平成17年11月、原告は、同社に中途採用された。
  • 平成21年4月、前年のリーマンショックを背景にノルマ制が導入され、年間約20本の独自記事(独自視点の手の込んだ記事)や、年間3本のベスト・オブ・ザ・ウィーク記事(編集局長賞級の記事)が原告に課された。
  • 平成21年12月以降、原告は、「業績改善プラン」に取り組むよう命じられ、ノルマは独自記事が週1本、ベスト・オブ・ザ・ウィーク記事は月1本に大幅に増加された。
  • 平成22年8月、同社は、記事の本数の少なさ、質の低さ、スピードの遅さ等を理由に原告を解雇した。
  • 平成23年3月、原告は、これを不当解雇として提訴した。

判決

原告の全面勝訴。

平成24年10月5日、東京地方裁判所は、「労働契約の継続を期待できないほど重大だったとはいえず、会社が原告と問題意識を共有した上で改善を図ったとも認められない」とし、解雇を無効とした。また、解雇後の賃金についても全額支払を命じた。

コメント

解雇については、法律では、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは無効とされる。特に能力不足による解雇は、他の理由に比べて一段と労働者保護の色彩が濃く、その程度が著しく低い場合でなければ、まず解雇が認められることはない。

また、労働者を解雇する場合は、会社側にも指導や教育の義務があるため、十分な指導・教育を行ったか否か、そして、問題が起こったときにその是正のための教育や配置転換等の改善努力を行ったか否かが問われ、それらを怠っていた場合も解雇が認められることは少ない。本人の能力不足が著しく、指導・教育を繰り返し行っても改善されず、改善の見込みがない場合に初めて解雇が俎上に載る訳である。なお、「言った、言わない」というトラブルが非常に多いため、リスク回避のためにも、指導・教育の証拠としてその内容を文書等(業務指示書や始末書等)に記録しておくことも重要である。

 

昨今では、外資系企業を中心に「PIP(Performance Improvement Plan=業績改善プラン)」と称した達成困難なノルマの未達成を理由とした退職強要や解雇がしばしば見られる。本件では、平成21年12月に原告に課せられた「業績改善プラン」には、独自記事が毎週1本(当初の2.6倍)、ベスト・オブ・ザ・ウィーク記事が1ヶ月に1本(当初の4倍)のノルマが要求され、1ヶ月後にフィードバックを行うこととされた。その結果、独自記事が1本足りずノルマ未達成となった。次の1ヶ月も同じプログラムを行い、期待されるパフォーマンスレベルに満たない場合は、解雇を含む措置をとることが通知された。その1ヶ月後、原告は、独自記事のノルマ数は達成していたが、ベスト・オブ・ザ・ウィーク記事がなかったため、解雇されるに至った。

本件は、会社は、前述の指導・教育を文書で行うといったセオリー通りに業績改善プランを提示していたが、能力不足を理由に解雇するには余りにもノルマが膨大であり、明らかな退職強要と推測されるとして、この手法による解雇について警鐘を鳴らした初めてのケースとみられる。

今後は、会社からの改善事項に加えて、妥協できる範囲内で、労働者からも改善目標・計画を提出させ、ある程度労働者の意見を酌んだ業績改善プランを設定する必要があるであろう。

 

さて、今まで述べてきた通り、現在の法律では、簡単に労働者を解雇することはできず、労使トラブルが発生した場合に、常識的に見て労働者側に相当の非があるような場合でも、解雇等の会社側の言い分が認められるケースは極めて稀であるという事実がある。労働者の中には、社会的弱者という立場を利用し、これを悪用するクレーマーも大勢いる時代である。このような状況の中、昨今、安倍晋三首相が設置した産業競争力会議で、解雇する労働者に再就職支援金を支払ったり、新たに別の20~40代の人を採用すれば解雇できるようにする等、「解雇規制の緩和」について議論されている。

企業の業績が悪化したときに整理解雇を行う場合があるが、現状では、非正規社員は整理解雇時に真っ先に解雇される立場にあり、逆に、正規社員は解雇規制によって保護されて比較的安定しているため、雇用の二極化という格差を生み出している。

正規社員の採用抑制も災いし、非正規社員は増加の一途を辿り、低所得者層が増加し、中間層が空洞化してしまい、不安定な社会を作り出す要因となっている。

規制緩和によって理不尽なリストラが横行するようになってはならないが、労働市場の流動化を図り、ひいては日本経済の復興のためには、「解雇規制の緩和」という荒療治は、1つの試みとして興味深い。